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とほ宿めぐり

空き家を活用した大野の民泊宿「ねこばやし」

コンセプトは「布団付き宴会スペース」

空き家を活用した大野の民泊宿「ねこばやし」

小林恵(けい)さん 福井県出身。高校までは平凡な日々を過ごしていたが、大学受験後、今まで経験したことがない世界に出会う。
1993年に国際電話会社に就職後、IT業界への転職を経て2012年に福井へUターン。
2022年に開宿。宿名の由来は、宿のすぐ近くにある「ねこ林」から。

小林さんは福井にUターン後、保険代理店として営業を行う一方でファイナンシャル・プランナーとしても活動していた。ファイナンシャル・プランナーの世界は何か自分の強みがないとダメだろうなと考えていた頃、保険の売り上げが落ち込み副業を検討した結果、そういえば昔から宿をやりたかったな、と気付く。最初に見た空き家の物件がここだった。案内してくれた区長さんがすごく前向きな人で、好感が持てたため活用を決断。飲み物食べ物完全持ち込み自由。天気の良い日は庭でBBQも可能。ひとり旅大歓迎!

大学受験直後に北海道のおおらかさを体感

 

―小林さんは、どんな学生生活を送っていましたか?

 

小林さん

高校時代まではパッとした思い出がないんです。学歴とか肩書とか気にする側の人間だったんで、つまらない人間という感じですね。それが、北大(北海道大学)の受験後に衝撃的な出来事がありました。

 

―どんな出来事がありましたか?

 

小林さん

1989年に大学受験したんですけど、当時は「北の国から」というテレビドラマが人気で、富良野の美しいビジュアルがテレビで流れていたし、赤本で北大生の暮らしぶりを読んで北大を受験したくなったんです。

試験当日は数学が不出来で、トボトボと帰る途中で北大生がサークルの勧誘をしていて声を掛けられました。まだ入学が決まっていないのに、お祭り同好会的なところに連れていかれたんです。

 

―相当フライングな勧誘ですね。

 

小林さん

学生会館の中に飲み物やツマミが用意してあって、宴会が始まったんです。他の受験生もいました。夜の9時ぐらいまでどんちゃん騒ぎしました。試験が不出来だったことは完全に忘れちゃいました。

 

―それでお開きになったのですか?

 

小林さん

サークルの人が、

「この後2次会行く人!」

と言ったので、

「ハイハイハイッ!」

と手を挙げて、

「ハイ! 会費500円で!」

と言うから、えぇー、そんなに少なくていいんですか、と思いました。2次会の店で午前1時くらいまで楽しんで、今度は、

「これから、ラーメン食いに行く人!」

「ハイハイハイッ!」

と手を挙げました。それはおごってもらいました。その後サークルの人のアパートにみんなで行って、おしゃべりしているうちにこたつで寝落ちして、気が付いたら朝8時くらい。めっちゃ楽しかったですね。

 

―それはスゴイ体験でしたね!

 

小林さん

それまで半年くらい勉強勉強だった自分にとっては一気に違う世界を体験しましたね。結局北大は不合格でしたが、そういう体験があって、北海道を旅してみたいな、という気持ちになって、いつかはまた北海道に、と思いました。

 

 

宿を始める下地は大学のワンゲル部で作られた

 

―その後はどうなりましたか?

 

小林さん

滑り止めに受けていた関西の大学に入学しました。サークルはたまたま訪ねたワンゲル(ワンダーフォーゲル部)に入部しました。

「山は確かに怖いところ。しかし危険な事態に陥らないよう普段から十分な訓練を積む。しんどさはあるがそれを上回る感動がある」

といった説明に誠意を感じました。山登りが好きというわけではなかったけど、その場で入部を決めました。

 

―ワンゲルは楽しかったですか?

 

小林さん

体育会系だったこともあって厳しいこともあったんですけど、楽しかったですね。大学時代にワンゲルやってなかったら、宿なんて絶対やってないですね。山でキャンプするんですけど、テントの中ってやることないし、他の部員との距離も近いし、ホントいろんなことしゃべるんですよ。そのノリが、その後とほ宿に泊まった時に肌が合ったという感じですね。

 

―ワンゲルでは登山しかしないんですか?

 

小林さん

主に山登りですけど、他大学ではカヌー合宿などもやっていました。自分としては、学生で時間のあるうちに憧れの北海道に思う存分行っておきたいという気持ちがあったんで、3年生の時に北海道を自転車で周遊するパート・ワンデリングを企画したんです。1年生4人と一緒にフェリーで舞鶴から小樽に上陸して、足寄まで鉄道で移動しました。そこから自転車に乗り、殆どキャンプ場に泊まりながら道東を走りました。

 

沢山の招き猫が宿の玄関で迎えてくれる。小林さんに、「ねこばやしだから招き猫を集めたんですか?」ときいたら、「空き家の時からあったものです」とのこと。

 

―キャンプ場以外では、どんなところに泊まったんですか?

 

小林さん

1泊だけライハ(ライダーハウス:主にバイクで旅するライダーのために自治体や地域の人たちなどが用意した簡易的な宿泊所)に泊まりました。1泊500円だったと思います。そんな利用料金だから、運営はほぼボランティアですよね。じゅうたん敷きの部屋の中でシュラフを敷いて寝たんですが、それでも狭いテントと比べたら凄い贅沢をした気分でした。翌年も自転車で道北に行ったんですが、日程の半分くらいはライハに泊まりました。

 

―僕もバイクに乗っていた時ライハに泊まりました。僕が利用した時にも自転車で旅をしている人も泊まってましたね。

 

小林さん

夜はライハに寝泊まりして、昼はその町でアルバイトする旅人もいました。彼らと近所の店で買った総菜をツマミに宴会をしました。お互い、旅の話とか身の上話をして夜が更けていったのも楽しい思い出ですね。

 

―いい旅しましたね。

 

小林さん

事前にきっちりした計画を立てて、どこで何をするのかも決まっている「旅行」ではなくて、その土地その土地での出会いを楽しむ「旅」は、楽しむだけでなく人生そのものについても考えさせられたりしますね。それが楽しくてライハとキャンプ場を巡る旅をしたんですけど、ライハで出会った人から「とほ宿」という言葉を聞くようになったんです。

 

―とほ宿に泊まってみようと思いましたか?

 

小林さん

思いました。寝袋持参のライハと違って布団で寝られるし、食事が豪勢なところが多くて、アルコール飲み放題の宿もあると聞いたんです。その頃は社会人になって金銭的に余裕が出てきたということもあって、次北海道に行く時はとほ宿に泊まろうと思いましたね。

 

―とほ宿に泊まった印象はどうでしたか?

 

小林さん

宴会しに北海道へ行くって感じですよね。泊まったとほ宿の中には、他の宿泊者が置いていった酒が常備してあって、結局ほとんどお酒を買わずに済んだこともありました。

 

―僕も以前泊まってファンになった宿に再訪した時お酒を差し入れたんですが、みんなで飲みきれなくて、チェックアウトの時に置いていったことがあります。

 

小林さん

とほ宿は交流ありきのところがあって、とほ宿へ行く人はみんなそれを求めているっていうところがあるから、その点では当たりはずれはないかなと思います。どんな形であれ交流はありますからね。そんなこんなで、20代後半の旅はとほ宿だけって感じでした。

 

 

サラリーマンに戻るの、もう無理

 

―大学を卒業して、どんな職に就きましたか?

 

小林さん

国際電話の会社に就職しました。

 

―その会社を選んだのはどんな理由でしたか?

 

小林さん

就職活動の時にそこの会社の人と飲み会する場があって、参加したら何だか楽しそうな会社だっていう理由で入社を希望しました。安直ですね。

 

―入社後はどんな部署に配属されましたか?

 

小林さん

最初は人事で、その後海外の販売促進に行きました。日本に戻ってきてからは在日外国人向けの販売促進をやってから、法人営業をやりました。

 

―仕事ではどんなことが大変でしたか?

 

小林さん

入社時は従業員が600人ぐらいだったんですが、その後会社が合併して3,000人ぐらいになっちゃって、仕事がすごい細分化されたんです。それまでは会社の全体像が見えていたのですが。小林って苗字の人間が社内で78人いたんですよ(笑)。そして毎日のように指示の内容が変わる。

 

―それはストレス溜まりそうですね。

 

小林さん

20代後半は大阪にいたんですけど、30歳の時に東京の本社に行くことになったんです。埼玉県の浦和に部屋を借りたらサッカーの浦和レッズの追っかけにはまっちゃいました。あの町にいてレッズにはまらないなんてありえない話ですよ。

 

―浦和に住もうと決めたきっかけは何ですか?

 

小林さん

ある宿に泊まった時に宿泊者と話をしていて、

「転勤で東京に行くんですけど、住むところはどこがいいですかね?」

「浦和なんかいいんじゃないですか?」

と言われたんです。そいつがレッズサポーターだったんで、今思えば完全にはめられました(笑)。

 

宿の周囲は開放的な風景が広がる。庭には立派な桜の木もあったが、訪問時はやや見頃を過ぎていた。次は満開の時期に再訪してみたい。

 

―どうして会社を辞めようと思ったんですか?

 

小林さん

通信業界って基本価格競争だけの世界だったんで、最終的にはそういうことをやっても自分の将来はないなと思って辞めちゃったんです。

 

―その後はどうしたんですか?

 

小林さん

IT業界に転職しました。法人向けのコンサルティング営業として転職したんですけど、実際はほぼお客さんからのクレーム処理でした。何が辛いかって、お客さんが言っていることの方がおおむね正しいんですよ。前任者がお客さんに商品を売って、自分たち後任が尻ぬぐいをさせられている、という感じでした。サラリーマン時代は正直言っていい思い出はあまりないですね。

 

―サラリーマン時代を耐え抜いてきたんですね。

 

小林さん

サラリーマン生活に見切りをつけて、2012年に東京から郷里の福井にUターンしたんです。親が保険屋をやってたんで、一緒に仕事しました。でもその仕事始めて2年目ぐらいで、このビジネスは先が長くないなと思いました。保険募集人の数は多いのに、少子高齢化で市場が拡大することは有り得ないですよね。

 

―次のアクションを考えましたか?

 

小林さん

ファイナンシャル・プランナーとして生計を立てようと思いました。でも、この業界面白いんだけどもうからないんですよ。ファイナンシャル・プランナーとしてブランディングして仕事を引っ張ってこようと思うんだったら何か自分の強みが必要なんです。自分はUターンしてきたし、やっぱ地方移住を強みにしていこうという感じです。

 

―小林さん自身の経験を生かせそうですね。

 

小林さん

お金の面では都会の方が稼げるけれど、住宅ローン組んだり子どもの教育費とかに使うとそれほど手元には残らないんですよね。田舎は収入低いかもしれないけどお互い助け合ってるし野菜が回ってきたりもする。自分みたいに空き家を活用して住んだりビジネスもできる。そういう部分をアピールしていければと思ったんですよね。どうやってそれをビジネスにしていくのかというのは見えませんでしたが・・。

 

―個人でビジネスとして確立させていくのは大変ですよね。

 

小林さん

そんな中、保険の売り上げがいよいよ減ってきて、なんか副業やらないといけないな、と思った時に、そういえば昔から宿やりたかったな、という気持ちを思い出したんです。それでもなんだかんだ躊躇してたんですけどね。

 

―どんなきっかけがあったのですか?

 

小林さん

ある年の年末に東京に行ったんですよ。サラリーマン時代に反りが合わなかった上司が目黒でうどん屋を開業したんですけど、3,000万円の借金を背負ったんです。その後鎌倉でまたうどん屋を始めたんですよ。1人で。60歳を過ぎて。昔はホント嫌な上司だったけど、あぁ頑張ってるなぁ、と思いました。それこそ、ホントやるんだったら俺も60歳になる前に動かなきゃな、と考えたんです。

 

―会社の中の人間関係って、いっときのものですね。

 

小林さん

鎌倉の「亀時間」っていうゲストハウスに泊まったんですけど、そこのオーナーさんは世界中旅してきた人で、こう言ってたんですよ。

「旅の終着駅は自分の宿なんです」

あぁ、そういうもんか、と思いました。

福井にUターンしてから自分の旅がマンネリになってきたこともあったんです。信州と関東ばっかり行ってたんですけど、このまま5年、10年同じことをやってても感動は多分味わえないし、もう思い切って宿をやろうか、地方移住ファイナンシャル・プランナーとしての経験にもプラスになるぞ、と思ったんです。

 

―それで火がつき始めた、という訳ですね。

 

小林さん

世の中的にも変化がやってきて、2018年に民泊新法(住宅宿泊事業法)が施行され、営業日数が180日以内に制限される代わりに開業のハードルが大幅に下がったんです。あと、海外からインバウンドと呼ばれる訪日旅行客が多く訪れるようになりました。宿だけで生計を立てていくのは難しくても、今の仕事を続けながら、週末だけ宿業をするのならいけるんじゃないかな、と思いました。この先福井では、2024年に北陸新幹線が来たり、2026年に中部循環道が全線開通したりといった計画があって、チャンスと思って宿の開業を決断したんです。

 

 

宿の近くに猫の頭のような形の林があって

だから「ねこばやし」

 

―どんな宿にしようと考えましたか?

 

小林さん

とほ宿をやろうというよりは、布団付きの宴会場を作りたかったんです。コロナの最中に僕もキャンプにはまったんですけど絶対このブーム続かないな、と思ったんですよ。多分大部分の人はBBQはやりたくてもテントの中で寝袋で寝るのはあまりやりたくなくて、やっぱり寝る時は布団で寝たいし、シャワー浴びたいし、トイレも近い方がいいと思ったんです。

 

訪問時は天気も良好。宿泊予約時に食事を頼んだので、小林さんがBBQの準備をしています。

 

―こうして小林さんに話を聞きながら満天の星空の下でBBQできるって最高です! この後は宿の中に戻って布団で寝られることを思うと、気持ちも楽ですね。

 

小林さん

とほ宿のドラム館もそうだし、セキレイ舘もそうだし、あそこも普通の家じゃないですか。普通の家でいいんですよ。他の人から、

「こんな普通の家に誰も泊まりにこないよ」

と言われたけれど、あんたより俺の方が絶対宿の事を知っているという気持ちは揺らぎませんでした。とほ宿を泊まり歩いた経験は、かなりでかかったですね。

 

―宿の物件探しは大変でしたか?

 

小林さん

最初に見た物件がここでした。空き家だったんですけど、案内してくれた区長さんがすごく前向きな方で、好感が持てたんです。それで持ち主の方とお会いして、契約に至りました。

 

―宿の立ち上げもお一人でやったんですか?

 

小林さん

知り合いの人たちが宿の開業とか手助けしてくれたんです。いろんな料理会のイベントをやってる「森のオーブン」というレストランが福井駅前にあるんですけど、その中で「福井楽しいワイン倶楽部」という会があって、そこの代表の方が特に手伝ってくれてます。料理会に参加して、知らない人間同士が仲良くなる、ということで、私の宿と相通ずるものがあったのだと思います。

 

―協力者がいるのは心強いですね。開宿はいつですか?

 

小林さん

2022年12月です。

 

―宿名の由来は何ですか?

 

小林さん

宿のすぐ近くに「ねこ林」という名前の林があるんです。宿名は単純にしたかったのと、他の宿とは似ていない名前にしたかったという感じですね。

 

―今日宿に着く前に車の窓から見えました、「ねこ林」。あっ、ホームページに載っているのと同じだ!と思って。昔からああいう形なんですか?

 

小林さん

林の中で木が2本伸びてああなったという感じですね。「ねこ林」が注目されたのは、この10年くらいらしいんですよ。この宿開業する直前に福井テレビが取材に来て、宿についてインタビューされたんですよ。ただ、「ねこ林」を見ていなかったらしくて、

「見ました?」

「いいえ、見てないんです」

と言うんで、そこの道路まで連れ出して、

「あれです」

「あぁー、猫だー、ホントに猫だー、うけるー!」

と笑いだして。宿のネーミングは間違ってなかったって思ってますよ。あちこち見てる福井テレビのアナウンサーがそこまでうけたんだから。

 

―宿がオープンして、お客さんの客層ってどんな感じですか?

 

小林さん

現状は7割が荒島岳(あらしまだけ)の登山客です。まさかここまで荒島岳一色になるとは予想できませんでした。いろんな誤算がありました。

 

―荒島岳とはどんな山ですか?

 

小林さん

深田久弥先生の本「日本百名山」に選ばれた山で、標高は1,523mですね。個人差はありますが、この先の駐車場から登れば山頂までゆっくり歩いても4時間くらいで登れますよ。登山の難易度は中級といったところですね。

 

―開宿後はどのあたりが誤算でしたか?

 

小林さん

福井駅でJR越美北線の始発列車に乗って荒島岳登山口の最寄り駅に到着するのが10時台なんです。その時間から登山を開始するなんて話にならないくらい遅いんですよ。そこで前泊しようとすると、登山口周辺で宿はうちしかないんで登山のお客さんがうちを利用してくれるんです。でも、下山したら皆さんそのまま帰りますね。最初は、下山した後宿で宴会して帰るというのを想定していたんですけど、ほぼないですね。宿の経営計画なんてものは当てになんないです。蓋開けてみないとわかんないですね。

 

花桃の奥に見えるのは、JR越美北線勝原(かどはら)駅のホーム。この日の花桃は3分咲きといった感じだった。平日の朝6時台に訪ねたため、人はほとんどいない。

 

―登山客以外で、他に誤算はありましたか?

 

小林さん

地元の人がここに泊まりにくるのは「福井楽しいワイン倶楽部」の人だけで、他はまったく来ないですね。福井って公共交通機関がまったくダメな土地なんで、お酒を呑んだら代行の車で帰るんですけど、呑み代より代行代の方が高いこともあるんですよ。だったらうちで宴会してその後泊まってもむしろ安いんじゃないかと思ったんですけど、甘かったですね。代行頼んででもやっぱり店で呑んだ方がいい、外泊はダメだという風習があるようです。外泊するのは結婚生活を終えるようなものだ、という考えが多分あるんでしょうね。

 

 

とほの資産

それはお客さんそのもの

 

―開宿準備をしていた当時を今振り返ると、こんなことをしていればよかったと思うことはありますか?

 

小林さん

もっと早くやればよかった。それしかないですね。俺は一体何を遠回りしてたんだ、という感じです。とほ宿のホームページに載っているとほ宿めぐりの記事を読んでいると、ホント皆さん意思決定が速いですよね。俺の場合は、とにかく余計なものをいろいろ抱え込んでいたな、という感じですよ。プライドとか、薄っぺらい連帯感とか。仲間外れにされたら嫌だ、というような気持ちを抱え込んでいました。

 

―会社や、それ以外の組織でも、自分自身がそういった集団の中にいると安心するという意識はあるかもしれませんね。

 

小林さん

大部分の人はやりたいことよりも仲間外れにされたくない。頭使ってものを考えようと思えばやれるのに、その結果仲間外れになったらどうしようという思考があって、だから、あえて使わないようにしている。それが不幸の温床だと思うんです。

その一方でとほ宿の愛好家というのは、そういうのを一切気にしない。とほの資産というのは、僕はお客さんそのものだと思ってますよ。とほの常連客だけじゃなくて、そういう要素がある他の人も含めてそう思います。

この間うちに来た昔の知り合いは海外であちこちいいホテル泊まり歩いているんですけど、グーグルマップ評価でうちに5つ星くれたんです。その人はとほ宿のことを知らなくて、行った先の宿で交流があるのがいいねと言ってました。知らない人間同士の会話に意義を見出すというのは、少数派かもしれないけれどいると思いますよ。

 

―とほ宿のファンが増えましたね。

 

小林さん

うちはグーグルマップで検索して来るお客さんが多いんですけど、とほ宿の準会員になった時、とほ宿のホームページ経由の流入がものすごい数で、こんなにファンがいたのか、と思いました。去年の11月に正会員になった時も、一時グーグル検索を凌ぐくらいあって、あのグーグルを超えるのかという感じでした。熱心なファンはずっと支えているし、あとは知名度ですよね。

 

―開宿時からとほ宿じゃなかったんですか?

 

小林さん

とほ宿は民泊ダメだと思ってたんですよ。うちは規模もちっちゃいし。でも、のみぞうさん(とほ宿の旅の轍さんのオーナー)に久しぶりに会った時、

「民泊でもいけますよ」

と言ってもらえたんです。

 

―宿を始めて何か変化はありますか?

 

小林さん

宿やるようになってから、山にはあんまり登ってないですね。時間がないというのもありますけど、ここでいろいろやっていると山に行ってリフレッシュという気分にもならないのは、この場所で朝起きたら大自然という感じがあるからです。田舎の人が山に登らない理由がわかりましたよ。私も東京にいたころはいつも山に行きたくて仕方がなかったんですけど。まぁ、今思うと都会に向いてなかったな、という感じですね。

 

―地元の魅力というと何がありますか?

 

小林さん

飯がうまい。あと福井県についてあまり強烈なイメージがないと思うんですけど、地域毎に特色が全然違うんですよ。石川県だと金沢とそれ以外という感じなんですけど、福井県だと町ごとにカラーが全然違うんです。

 

―小林さん自身がお気に入りの場所はありますか?

 

小林さん

この近所だけでも十分景色がいいと思っています。今の時期に関していうと、見どころはすごく多くて、越前大野城の桜がいい感じなんで、そこは見る価値ありますね。あと、矢ばなの里かたくりまつりというのがあって、今ちょうど満開だと思うんですよ。ここはあまり名前も知られていないし、オススメです。JR越美北線勝原駅の花桃の里は人気があって、満開前後の土日は沢山の人が来ますね。臨時駐車場もオープンします。

 

ここは大野市。「野」の漢字とカメラを置くのにちょうどいいスタンドがあれば、あとは人が大の字を作って写真を撮るだけ。奥の山の上には越前大野城が見える。

 

―今までこちらに泊まったお客さんで印象に残った人はいますか?

 

小林さん

宿を始めてからそこまで歴史を重ねていないのでパッと思い当たる人が少ないんですが、とほ宿のことを知らなくて、こういう世界があるんだって言ってくれる人が、印象に残っていますね。

 

―小林さんの今後の目標は?

 

小林さん

うちを除いた全48とほ宿を全部泊まる。これですね!

 

2024.4.10

文・園田学

空き家を活用した大野の民泊宿「ねこばやし」

空き家を活用した大野の民泊宿「ねこばやし」

〒912-0823
福井県大野市蕨生75-2
TEL 090-3055-1896(「民泊ねこばやしの件で」とお伝えください)

「ねこばやし」ホームページ

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