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とほ宿めぐり

クナシリの見える宿 モシリバ

「ログハウスづくりが、
最後の大きな遊び
だったのかもしれんね」

クナシリの見える宿 モシリバ

中村正見さん 香川県生まれ。神戸での公務員生活を経て、家族5 人で北海道に移住。自身でログハウスをつくり1993 年に宿を開業した。ログハウスづくりはやはり重労働だったようで「神戸時代にはいていたズボンがぶかぶかになるくらいキューッとスリムなった。建てたらまた元に戻ったけど(笑)」。リビングで焼酎を飲みながらぼーっと緑を見たり、雪景色を見たりの時間が幸せ。妻の真理子さんとは高校時代からの知り合い。

いつか北海道に住む、そしてログハウスを自分でつくるという2 つの夢を知床半島の付け根で叶える。前には国後(クナシリ)島の見える海、左右にはいくつもの川が流れ宿の敷地内は濃い緑でいっぱい、と自然豊かな環境で、夕食には自身や宿泊客が釣ったヤマメやオショロコマ、周辺で摘んだ野草の天ぷらが並ぶ。羅臼町の街中まで30 分程度と知床観光にも便利だが、何もしないでただ景色を眺めのんびり過ごすのもおすすめ。

北海道に住みたい!

ログハウスを建てたい!

 

―北海道広しと言えど、「クナシリの見える宿」はなかなかないですよね。

 

中村

そうやね。

 

―どうしてここで宿をはじめたんですか?

 

中村

宿というか、北海道に移住したかったからね。勤め口はないだろうということで宿をはじめることに…。はじめて北海道に来たのは18 歳のとき。国鉄(現JR)の周遊券で3か月くらいうろうろとしてたの。お金がなくなったら阿寒湖のアイヌコタンで40 日くらい売り子のアルバイトしたりして。そんなんでもう北海道を好きになってしまって。いつか北海道に住みたいと思っていたんだ。

 

―その「いつか」は、退職されたあとではなく?

 

中村

ログハウスを建てたかったから。それまで待ったら体力が…(笑)。

 

ログハウスらしさを味わえるリビング

 

―移住された当時はご結婚されていたんですか?

 

中村

仕事は40 歳で辞めて、子ども3 人連れてきた。

 

―普通だったら奥さんは反対する状況ですよね。

 

中村

うちの女房はほとんど反対しなかった。だから助かった。

 

真理子

「ほとんど」じゃなく「全然」です。主人は結婚してからも2 年に1 回くらいはひとりで北海道に行っていたんです。いつもすごく楽しみしてうれしそうにしていたので、早く移住したら?って言っていたんですよ。

 

―お子さんもいたのに移住後の生活に不安はなかったんですか?

 

真理子

私きっとそういう計算できないんです(笑)。不安とか何もなかったですね。

 

「いまから考えるとよく家をつくったなと思います」と真理子さん

 

中村

どこで暮らしても同じ、と思っとったんかな。

 

―お子さんは何歳だったんですか?

 

中村

上が中学に上がるときで、真ん中が小学4 年、下が小学校入学。

 

―節目の年ですね。

 

中村

だからどうしてもその年の4 月でないとね。

 

―中村さんも40 歳という節目に会社を辞めていますしね。

 

中村

勤続年数でいうと5 月まで働いていれば退職金が跳ね上がっとったんだけど、そんなこと言ったらいつまでたってもできないから。まわりからはもうちょっと辛抱したらって言われたけど多少のことには目をつぶってやりたいときにぼーんとやらないと。

 

―お子さんたちは移住に反対しなかったんですか?

 

中村

うまくごまかした(笑)。神戸の団地に住んどったから動物は飼えなかったんだけど、北海道に行ったら犬でもネコでも好きなだけ飼えるぞって言って。

 

―はは。それで実際には?

 

中村

来てすぐに道路わきでダンボールに入れて捨てられとったネコ5 匹拾ってきた。犬も小学校で子どもだけで飼っていたのを「父さん、連れてきてええか?」っていうので「まぁええよ」って。

 

―ちなみにこの敷地はどれくらいの広さなんですか?

 

中村

1500㎡。格安で借りられてね。

 

―1500!? 約454坪…それならいくらでも動物は飼えますね。

 

 

夫婦での家づくりは

丸太を買いに行くところからスタート

 

―そもそもどうしてこの場所に決めたんですか?

 

中村

18歳の旅の最中、岩尾別(斜里町)のユースホステルで居候したことがあってね。それで知床エリアが気に入って。住む場所の候補地は道北方面や別海町とかもあったんだけど、やっぱり知床がいいなとなった。

 

真理子

家族旅行を兼ねて子どもも連れて場所を探しに来たんですけど、当時は車の免許がなかったから主人が自転車でまわって探したんです。

 

中村

馬で小学校に通う女の子のドキュメンタリー番組、「大草原の少女みゆきちゃん」を神戸時代にテレビで見たんだけど、その舞台がこの近くだわなぁと思って見に来て「いいなぁ」と。サケののぼる川はあるし、前浜から国後島が見えるし。で、いまの敷地の横に空き家があって。そこに住みながらこのあたりのいい場所を探そうと思っていたんだけど、 当時は草ぼうぼうだったこの土地を毎日見ているうちに「ここでいいんちゃう?」となった。

 

―それでここに?

 

中村

幸いここの土地が空いていたんだわ。道路のすぐそばで車やバイクで入ってくるのも便利でしょ。裏には民家もないしね。山のほうとかも探そうと思ったけど、子ども連れてきているしね。冬場、急病になったり学校通うんも大変だし。

 

―お子さんがいるとそういうことも考えないとですよね。

 

客室のひとつ。国後島の浮かぶ海を臨む窓辺にロッキングチェアが

 

中村

実はここに旅館が建っていた時代もあるみたい。道の反対側に木造船の造船所があって。いまでも土を掘ると古い茶碗のかけらとか出てくる。

 

―呼ばれるものがあるんですかね。

 

中村

何の因果かね。で、隣の家からここに「出勤」してログハウスを建てとったわけ。

 

ーそもそもなぜログハウスだったんですか?

 

中村

仕事の帰りに、本屋でいなか暮らしの本とか見ているうちに「建ててみるかな」と思いはじめて。

 

―それで建ててみるのがすごい! お仕事が建築関係だったとか?

 

中村

全然関係ない事務の仕事。

 

―自分で建てられると思っていましたか?

 

中村

いや~わからん。でもやりきらんとね。退職金つぎ込んでるし。

 

―そうですよね。

 

中村

基礎と小屋組みなんかはプロに任せて、ほかは女房とふたりでね。

 

真理子

ログハウスの材料を買いに行くところからですから。木を何本くださいって(笑)。すごいなーと思いましたよ。

 

中村

女房は柱を立てるためのほぞ穴をノミで掘ってたんやけど、そこに柱と同じサイズの木が差し込めれば合格。入らんかったら、どこがあかんか調べて削りなおしての繰り返し。ノミの使い方を知らんかったから力任せにたたいてノミの頭をつぶしてしまった(笑)。

 

真理子

窓にガラスが入ったときはうれしかったですよ。家らしくなって。それでもサッシが届くわけではないので、ガラスを買ってきて自分たちで枠にはめたんです。

 

―そういうところ、ひとつひとつがすべて「自分たちで」なんですね。

 

真理子

だから思い入れはありますよね、やっぱり。

 

メニューを考えるのは中村さんの担当。料理は真理子さんと2人で

 

のんびりした自然の中での生活を

宿の運営にも反映

 

―北海道に来て、暮らしは変わりましたか?

 

中村

ごちゃごちゃした神戸よりも自然の多いところでのんびりはできたよね。「目指すところ、心豊かな貧乏人」って冗談で言ってね。

 

―夕食には釣った魚が出るとお聞きしていますが、釣りはこちらに来てからですか?

 

中村

そう。子どもの遊び程度の釣りだけど、やらない手はないかな、と思って。

 

―海も川もありますからね。

 

中村

釣れるのは川だとヤマメとかオショロコマとかね。海はカレイかな。前は私が釣ってきたものを出していたけど、いまはお客さんに釣ってきてもらうんだわ。道具全部持ってくるお客さんもいるから、エサだけ用意して。100 匹単位で釣れるから。

 

モシリバがきっかけで釣りをはじめた、という宿泊客と川へ。釣り糸をたらしたと思ったら釣れているほどの入れ食い状態

 

―そんなに!

 

中村

この辺の魚は、スレていないのかもね。あと春は行者ニンニクを採りに行ったり。でもそれもだんだんノルマみたいになってしまって…(笑)。

 

―夕食のメニューにありますからね。

 

中村

一年分冷凍しておかないといけないから。

 

―お料理は特にこの辺りのものを出そうと意識しているんですか?

 

中村

そうやねぇ。通常は標津の定置網で獲れたマスとかの魚、あとはホタテも地元のものだし。あとはね、天ぷら。7 月半ばくらいまでは家のまわりの若い葉が食べられるから、女房がそれを揚げている。ヨモギ、イラクサ、イタドリ、三つ葉…。

 

―おいしそう! 

 

葉の色と形が美しい野草にオショロコマ(上)とヤマメの天ぷら

 

―お客様がいないときは何をしているんですか?

 

中村

季節ごとにいろいろあるからね。夏は草刈り、冬は雪かき。あとは…なんやろうね。何もせんのも楽しいけどね。

 

―館内には木製の棚などいろいろありますが、これも手づくりですか?

 

中村

家を建てた材料のあまりでつくった。…あとから考えると、この家もああしておけばよかった、こうしておけばよかったっていうのがなんぼでもありますわ。

 

―例えばどのあたりですか?

 

中村

隙間がいっぱいあるからね。木に溝を掘って板をガチッと組み合わせておいたら木が収縮しても隙間ができないでしょ。そういう部分がね…。もうどうしようもないけど(笑)。

 

―今から修繕するのは難しい場所ですね…。

 

中村

天気がいい日は太陽の光がここからちょっと見えるなぁとか。

 

―いい方向に考えましょう(笑)。

 

中村

冬は暖房焚いても隙間があるから一酸化炭素中毒にはならないなぁとか。

 

―窓を開けなくても大丈夫ですね(笑)!

 

中村

建築関係の人がうちに泊まると「いやー素人の味があるね!」と(笑)。ほめとんのか、けなしとんのか。

 

―はは。元々、木で何かをつくったりするのがお好きだったんですか?

 

中村

神戸時代はちょっとしたいすとかケースとかはつくっていたけど、日曜大工までいかないレベルかな。

 

―でも嫌いではなかったんですね。

 

中村

おじいさんがそんなん好きで大工道具をいっぱい持っておったから。子どものころはそれで木の鉄砲や刀のおもちゃをつくったり。

 

―で、大人になって家までつくってしまった、と。

 

中村

これが最後の大きな遊びだったのかもしれんね。

 

2018.8.21

クナシリの見える宿 モシリバ

クナシリの見える宿 モシリバ

〒086−1733 
標津郡標津町字崎無異10−6
TEL 0153-84-2150

次回(9/4予定)は「いちえ」久保田桂子さんです

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