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とほ宿めぐり

あら鷲

「自分でレイアウトできる
余白があるのが北海道の魅力」

あら鷲

宅見 公(たくみ こう)さん 神奈川県出身。大学を4年生の2月で退学し、国内放浪の旅へ。旅の途中で流氷の美しさを耳にし、北海道上陸。流氷が見える場所に5年の歳月をかけて自分で建物を建て宿を開業した。将来について悩みぬいた20代だったが「今考えたら好きなように暮らしてましたね。まぁとほ宿やっているような人はだいたいそうかもしれないけど」。

旅先の飛騨高山(岐阜県)で家の柱や梁を見せる工法に魅せられ、後に自身で網走に建物を建設。宿を開業する。宿名の「あら鷲」はその工法と周辺に飛来するオジロワシ・オオワシをかけたもの。宿開業後も、原種の比内鶏(天然記念物)を飼ったり、栄養を与えない自然農法で野菜を育てたり、アイスクライミングに挑戦したりと幅広い分野に興味を持つ。宿泊客は食卓に並ぶやさしい味の野菜や朝食で提供される卵料理、「氷瀑ツアー」などでその恩恵にあずかることができる。

進路を方向づける出会いは

将来に悩み出た旅先で

 

― 普通に泊まりに来たら、この建物が宅見さんの手づくりとは気がつかないでしょうね。

 

宅見

自分でも言わないしね。

 

―開業から35年。北海道の家は30年、40年くらいで建て替えることも多いですがきれいですよね。

 

宅見

よく「築35年に見えませんね」って言われますけど、それは手入れの関係かな。フローリングは無垢材だから傷がついてもそれなりの風合いになっているということもありますが月に1度はワックスをかけるようにしています。外壁は3年前に足場を組んで家内と2人で塗ったんですよ。そういうメンテナンスが大事なんです。

 

梁を「あらわし」にした工法で建築

 

―この網走に腰を据えるまで、そして建物を建てはじめるまでの詳細は宿のHPにある「あら鷲回想記」を見ていただくとして…ずいぶんと悩める青年だったみたいですね。大学卒業目前の2月に退学して旅へ出てしまうという。その時点で宿をやろうという思いはあったんですか?

 

宅見

ないですないです。

 

―ちなみに学生時代は将来何になろうと思っていたんですか?

 

宅見

本当になにもなかったですね。どうしたらいいか生き方もわからなかったし。就職を考えて学部を選ぶ人が多かったけど、私は文学部の史学地理学専攻で全然就職に関係なかったし。

 

―そういうのがお好きだったんですね。

 

宅見

そうそう、京都なんか行くと仏像見たりとか好きでね。建築なんかも好きでしたよ。でも仕事と結びつけようとは全然考えていなかった。

 

―で、退学して旅へ。「帰ったら家業の酒屋を継ぐよ!」と言っていたのに…。

 

宅見

そのまま家出しちゃった!(笑) 全国を旅して歩いて、かなり必死になって自分はどうしたらいいのかって考えていました。

 

―まじめですねー。

 

宅見

だって考えないとうやむやに人生終わっちゃうし。一生懸命考えると生み出されるものがあるんじゃないかなって気持ちがあってね。

 

―旅先で知り合った人から能取岬で見た流氷の美しさを聞き北海道へ来たんですよね。

 

宅見 

地元の神奈川県川崎市は、私が小さい頃はホタルがいるくらいのびやかな感じがあって、自然があるところで暮らしたいなというのはあったんですよ。本州にも自然があるところにはあると思うんです。でも北海道というところは、白いキャンバスの中の余白部分がすごくあって、それを自分でレイアウトできる余裕があるんですよね。そこが大きな魅力でした。

 

たったひとりでの宿建設は
地元・網走でも話題に

 

―建物が建っているこの土地は「自由に使っていいよ」とゆずってもらえたり、建築の作業は多くの人が手伝ってくれたり。いろいろな人に頼ったり助けてもらうのが上手ですよね。

 

宅見

それは熱意じゃない?(笑)北海道は生まれたところの因習をひっさげてきても通用しない。新たに何かをしようということに対して、北海道の人は応援してくれる傾向にあると思います。そういう面ですごく助けてもらいました。特にとなりのおじさんは、家を建てる時に毎日手伝いに来てくれて、いろんなことを教わりました。

 

たったひとりで行った地鎮祭

 

―奥さまとはどうやって知り合ったんですか? あれ、開業時のアルバムに奥さまの写真がありますね。

 

宅見

この時はもう結婚していましたね。

 

―家を建てている忙しいさなかにどうやって知り合ったんですか?

 

宅見

珍しいことをやっていると見に来る人がいるんですよ。地元の新聞でも紹介されたし。

 

結婚してからの年数=宿歴の宅見さん夫婦

 

涼子

友達に誘われて家を建てている様子を見に来たんです。

 

―涼子さんは地元、網走の方ですよね? 当時、地元では宅見さんはどんな人だと思われていたんですか?

 

涼子

変わっているなぁ、よくやるなぁと思っていました。私は網走駅に近い街中の出身なので、なぜわざわざこんないなかに?とも思いましたね。でもここからこんないい景色が見えるなんて知りませんでした。

 

リビングからは流氷が流れ着くオホーツク海、そして知床連山まで見ることができる

 

―1983年の6月に結婚してその10月には宿を開業ですね?

 

涼子

作業中に膝を骨折したせいで、ギブス姿で結婚式だったわよね。前代未聞の全員立っている記念写真(笑)。

 

ーうわー大変でしたね。

 

宅見

骨折するようなケガではなかったんだけどね。家を建てている間は、時間とお金の節約で夕食は豆腐とお酒だけ、ということも多かったから栄養が足りていなかったんじゃないかな。

 

涼子

当時は髪の毛も真っ白だったし。

 

―宿でのお料理の担当は涼子さんなんですよね?

 

涼子

実家でも元々料理はやっていて、魚もさばけたし、山菜も料理できたので。

 

宅見

料理は全部任せているからなぁ。

 

―どれもとてもおいしかったです!

 

涼子

本州からのお客様が多いので、都会で食べられるものよりこの辺りの家庭で食べているものを出しています。時期は限られますが、ウドなどはとても喜ばれますね。

 

夕食は「網走の家庭料理」で海の幸、山の幸を満喫できる

 

無肥料の自然農法に挑戦
趣味を生かしたツアーも実施

 

―宅見さんと言えば、有機農法を超える自然農法での野菜づくり!

 

宅見

長い間有機農法をやっていたんだけど、あるとき肥料はもう使わなくても大丈夫だということに気がついて、自然農法を始めたんです。

 

―畑をただほったらかしにしているわけではないですよね。

 

宅見

やり方は100人いたら100通りあるかもしれないけど、例えば玉ネギの場合、草取りはある程度の球状になるまで。それ以降草取りをすると根を傷めてしまうんです。

 

―根が腐っちゃうんですか?

 

宅見

根に雑菌が入るんです。そうならないよう、通常は農家では除草剤をまくんだけど、私はある程度の大きさになるまでは草取りを手で行ってそれ以降は抜かないんです。だから、草ぼうぼうなんです。

 

―とほvol.30のあら鷲のページに載っていた写真は、玉ネギがどこにあるかわからなかったです。

 

宅見

あはは、そうそう。そうなるんですよ。でもギリギリいっぱいまでは草取りをしないと玉ネギが小さくなっちゃう。

 

約25年の野菜づくりでは農薬を使った時代→有機農法→自然農法と試行錯誤を重ねてきた

 

―その見極めが大事ですね!

 

宅見

自然農法で作った玉ねぎはおろし金ですっても最後までばらけないんです。それだけ身が締まっているんです。野菜がやさしい味になるのも違いかな、と思います。自然農法は大規模にやろうとすると大変だけどうちは1反(約300坪)もない畑ですから。採れたものは宿でも出していますし、ケチャップなどの加工品にもしていますがこれで商売しているわけではないので、非常に気が楽なんです(笑)。万が一採れなくても買ってくればいいわけで。だから思い切ったことができるんですよ。

 

朝食には、飼っている比内鶏の卵料理が出ることも

 

―冬は氷瀑ツアーが人気ですよね。

 

宅見

以前は約12キロの歩くスキーのツアーをやっていたんです。ただ、だんだん長距離を歩きたいお客さんが少なくなってきて、凍った滝を見る4キロのコースになったんです。

 

―アウトドアはけっこうやられていたんですか?

 

宅見

山はずっと登っていましたね。初めて北海道に来たときも山に登りながら来たんです。

 

―それにしても歩くスキーの代替案として、氷瀑ツアーというのは特殊ですよね。

 

宅見

それは自分がアイスクライミングをやっていたからだと思います。私にとっては登る対象でしかありませんでしたが、写真を撮るお客さんを凍った滝の下に連れていったらすごく感激していたので「あ、これいいな」と思って。ツアーでは、事前にセットした梯子を30mくらい登る、一見アドベンチャー的な要素もあって喜ばれていますが、危険がないようサポートするのが大変です。

 

―アイスクライミングはどういうきっかけではじめられたんですか?

 

宅見

地元の人から誘われて。15年くらい前かな。いやーおもしろいですよ。登った時の達成感があって。

 

アイスクライミングで使用していたアイスバイルとアイゼン

 

―凍った滝というのは折れたりしないものなんですか?

 

宅見

氷が硬い時もあれば、軟らかい時もあって毎年いろいろですね。いつも同じ状態でないのがまたおもしろいんです。まぁ危険度の高いスポーツであることは間違いないので、氷瀑ツアーをはじめて3年くらいたった時にやめました。けがをして氷瀑ツアーができなくなると困るなぁと思って。見ているとやりたくなるんだけど(笑)。

 

―興味の対象が幅広いですよね。

 

宅見

うーん、本当はもう少し木を加工したりする時間が欲しかったですね。

 

―過去形でおっしゃらずに今からでも。

 

宅見

畑をやったりしていて時間もないし…。

 

―家とか野菜とかアウトドアとか…ひとつひとつの掘り下げ方が深いですよね。

 

宅見

開業して35年。その中でもう少し進めたかったなぁというのはありますね。屋根付きのバイクの駐車スペースも2年くらい前にやっと建てたし。例えば私のおやじがここで宿をやっていたら、それまでの積み上げがあって、もっとできたと思うんです。基礎からいろんなことをやらなきゃいけないから進まないんですよ。

 

―酒屋さんを継いでいたら、積み上げがあったのでは?

 

宅見

酒屋を継いだらとっくにつぶれてましたよ。間違いなく!(笑) でも、家づくりで5年かかったりして人生遠まわりしていたけれど、それはそれで密度が濃かったなぁと後悔はしていないですよ。

 

2018.7.24

あら鷲

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〒093-0086 
網走市二ツ岩105-2
TEL 0152-44-2593

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次回(8/7予定)は「旅の途中」酒井敏郎さんです

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